自宅で最期を迎えるという選択―正解のない現場で考え続けていること
こんにちは、ホームケアクリニック麻生の院長、井尻学見です。
「最期をどこで迎えたいか」
そう考えたことはあるでしょうか。
ご自身のこととして、あるいはご家族のこととして―
「できるだけ長く生きること」と、
「その人らしく過ごすこと」は、必ずしも同じではありません。
在宅医療の現場では、その間で揺れながら、一つひとつの選択に向き合う場面が少なくありません。
在宅での看取りとは
在宅での看取りは、単に「自宅で最期を迎える」ということではありません。
治療を続けるのか。
どこまで医療介入を行うのか。
何を大切にして過ごしていくのか。
その人の価値観や人生観に向き合いながら、「どう生きるか」を一緒に考えていく過程でもあります。
病院では、“命を守ることが最優先になります。
一方で在宅では、“「その人らしく過ごすこと」がより大切になる場面があります。
ただ、そのバランスを取ることは簡単ではありません。
在宅だからこそ生まれる葛藤
在宅医療では、「医学的に正しいこと」と「その人にとっての最適」が一致しないことがあります。
たとえば、本来は1日3回飲むべき薬でも、物忘れが進んでいる方にとっては、それ自体が大きな負担になることがあります。
飲み忘れを繰り返すより、朝1回にまとめた方が続けられる。ただ、その分、治療効果は十分ではないかもしれません。
「正しい治療」を優先するのか。
「続けられる生活」を優先するのか。
その間で、私たちは何度も立ち止まります。
また、脱水が進めば点滴を考える場面もあります。ですが在宅では、頻回な訪問を望まれないご家庭や、環境的に管理が難しいケースもあります。
「やった方がいい医療」と、「その家で続けられる現実」。
その間にある距離を、どう埋めるのか。在宅医療では、そうした悩みの連続です。
さらに緩和治療の段階では、「なるべく薬は使いたくない」と希望される方もいます。
少しでも楽に過ごしてほしい。でも、ご本人にとっては「どう生きるか」のほうが大切なこともある。“そのとき医療は、どこまで踏み込むべきなのか。簡単に答えが出るものではありません。
最期まで、その人らしくあるために
在宅での看取りでは、ご本人、ご家族、医療者、それぞれの思いが必ずしも一致するとは限りません。
「本当に家でよかったのだろうか」
そう悩まれるご家族もいます。
私たち医療者自身も、迷いなく関わっているわけではありません。それでも、その都度対話を重ねながら、その人にとって何が最善なのかを考え続けています。
在宅での看取りは、答えを出す医療というより、迷いながらも一緒に考え続ける医療なのかもしれません。
“最期まで、その人らしく過ごせる時間を支える。
これからも、そのための医療に向き合っていきたいと思っています。
ホームケアクリニック麻生の井尻学見でした。
